大判例

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京都地方裁判所 平成4年(ワ)463号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

長谷川彰

佐賀千美

白濱徹朗

高見澤昭治

浅野則明

安保嘉博

飯田昭

井木ひろし

一岡隆夫

稲村五男

井上博隆

尾崎高司

籠橋隆明

佐藤健宗

坂田均

酒見康史

武川襄

鍔田宜宏

戸倉晴美

中村広明

永井弘二

三重利典

村井豊明

村松いづみ

吉田克弘

吉田容子

若松芳也

被告

右代表者法務大臣

松浦功

右訴訟代理人弁護士

稲垣喬

右指定代理人

本田晃

外六名

被告

乙野太郎

右訴訟代理人弁護士

稲垣喬

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一六五万円及びこれに対する被告国は平成四年三月二〇日から、被告乙野太郎は同月一九日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

ただし、被告らがそれぞれ金三〇万円の担保を供するときは、担保を供した被告は右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自金一一〇〇万円及びこれに対する被告国は平成四年三月一九日から、被告乙野太郎は同月二〇日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、原告が、右乳房から血乳が出ると訴えて、被告国が経営する国立京都病院(以下「被告病院」という)において診察を受けたところ、被告乙野太郎(以下「被告乙野」という)に乳癌であると診断されて、後日、被告乙野を指導医として丙野一郎医師(以下「丙野医師」という)の執刀により右乳房切除術を受けたものの、(1)原告の乳癌は非浸潤癌であったので、経過観察とするか又は乳房温存療法を実施すべきであったのに、被告乙野は、乳癌であるとの確定診断が得られないまま確定診断を得るために必要な永久標本による生検等を実施せずに、術中迅速診断(以下「迅速診断」という)を実施し、迅速診断において被告病院の病理医が非浸潤癌を浸潤癌と誤診した結果、被告乙野は原告に対し不必要な右乳房及びリンパ節の切除手術(以下「本件手術」という)を実施した、(2)原告の非浸潤癌は乳房温存療法の適応であり、原告も乳房を温存することを希望していたのであるから、被告乙野には、原告に対して乳房温存療法について説明すべき義務があったのに、被告乙野は右義務を怠り、原告の意思に反して本件手術を実施したなどとして、被告乙野に対し不法行為に基づき、被告国に対し診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき、損害賠償(逸失利益、慰謝料、弁護士費用)を請求した事案である。

二  治療経過等

争いのない事実及び文中に記載の証拠によれば、被告病院における原告に対する治療の経過等は次のとおりであると認められる(なお、この項では、平成元年については年度の記載を省略することもある。また、証言等の出所を示すときは、口頭弁論期日の回数及び丁数により、例えば、第七回口頭弁論期日における証人丙野一郎の証言の一五丁表を「丙野七回一五丁表」のように記す)。

1  当事者

(一) 原告

原告は、昭和二一年六月二七日生まれの主婦であり、住所地で、夫、長男の三人で生活している。

(二) 被告

被告国は、京都市伏見区深草向畑町一―一において、被告病院を開設しており、原告の治療にあたった被告乙野及び丙野医師は、いずれも平成元年二月ないし三月当時、被告病院に勤務していた医師である。

2  初診から入院までの経緯

(一) 原告は、平成元年一月中旬ころ、右乳頭から出血があったため、二月四日、右乳頭からの出血、異常分泌を主訴として被告病院を受診し、同病院外科外来で外科医長であった被告乙野の診察を受けた。

被告乙野が、原告の右乳房を触診したところ、右乳頭から二センチメートル(乳輪から一センチメートル)左側(内側)に、0.7センチメートル×0.7センチメートル大の硬結様の腫瘤を触知したが、腋窩リンパ節は触れなかった(乙一=外来診療録―四頁、乙二=入院診療録―三二・三五頁、証人丙野七回四丁表裏、七丁裏、一六丁裏、被告乙野一一回二丁裏、三丁表。原告は、同日の触診では腫瘤に触れなかったと主張するが、右各証拠に照らし、採用できない)。

被告乙野が右腫瘤を圧迫すると、乳頭から血性分泌が出たので(乙一―四頁)、被告乙野は、右腫瘤と血性分泌は関連があると判断した(被告乙野一一回五丁裏〜六丁表)。

また、被告乙野は、その指示で実施された原告の右乳房のレントゲン写真及びゼロラジオグラフィ(ゼロマンモグラフィ)を解読したところ、右乳房内側に約一センチメートルの腫瘤陰影とその中に石灰化像を認めた(乙一―四頁、検乙一、五、六、証人丙野九回二丁表〜六丁表、被告乙野一一回三丁裏〜六丁裏)。

なお、石灰化像は、左乳房にも認められたが(検乙三)、被告乙野は、右乳房には石灰化像の集中、血性分泌物、触知所見があること等を総合して、右乳房の石灰化像は悪性を示すものと判断した(被告乙野一二回二三丁表裏)。

さらに、被告乙野は、乳頭分泌液塗沫細胞診及び該当腫瘤吸引細胞診検査を被告病院病理検査室に依頼した。

二月七日、被告病院内の病理検査室において、右採取分泌液等の診断がされたところ、分泌液塗沫細胞診はクラス4(悪性疑い濃厚)、吸引細胞診は(細胞が吸引できておらず)細胞なしとの結果であった。検査を担当した岡本第二臨床検査科長(以下「岡本医師」という)は、「病理組織検査を要する」との指導方針を示した。

(二) 二月九日、原告が右検査結果を聞くべく来院した際、被告乙野は、原告に対し、右細胞診の結果を確認し、分泌液塗沫細胞診では悪性の疑いが濃厚であるなどと原告に告げた上、右検査を確実にするべく再度前記各方法による細胞診検査を依頼した。

二月一三日、被告病院内の病理検査室において、右採取分泌液等の検査がされたところ、分泌液塗沫細胞診はクラス3b(悪性の可能性が高い)であり、異型性の強い細胞集魂が認められたが、吸引細胞診はやはり細胞なしとの結果であった。

岡本医師は、この時も、細胞診再検査及び病理組織検査を要するとの指導方針を示した。

しかし、被告乙野は、以上の各検査結果を見て、原告の症状について、悪性の疑いが強いと判断し、外来生検をすると癌細胞の撒布につながりかねず、また入院手続の遅れによる処置の遅れを懸念して、入院して迅速診断によるのが適切と考えた(乙一―七頁、被告乙野一一回七丁裏、同一二回一五丁表)。

(三) そこで、二月一六日、原告が右検査結果を聞くべく来院した際、被告乙野は、原告に対し、右検査結果を告げ、前二回の検査の結果悪性の疑いが濃厚であり、その確認のための組織検査をし、悪性と確認されれば手術をするかもしれないと説明した上、早期入院を勧めた。

原告は、被告乙野から入院及び手術を勧められた後、自宅近くの宮田医院で診察を受けた。医師が触診したところ、右乳房の乳首の左下四時の方向にしこりを触れたが、医師は原告に対し、そのしこりの大きさからすれば、乳房を残す手術法(乳房温存療法)も取り得る旨話した。なお、宮田医院で行われた検査は、触診だけであった(甲六=原告陳述書―一三、一四頁)。

3  入院から手術までの経過

(一) 原告は、二月二八日、被告病院に入院した。入院後は、臨床研修医の丙野医師が被告乙野の指導の下に原告を担当することになった。

入院時、丙野医師が、原告の全身状態を診察したところ、右乳房の内側、乳頭から二センチメートルの所に0.7センチメートル×0.7センチメートル大の硬結瘤を触知した(証人丙野七回一五丁表)。そこで、丙野医師は、原告の病期について、腫瘤の大きさが2.0センチメートル以下なのでT1、リンパ節は触れないのでN0、遠隔転移がないのでM0との評価をし、右評価を総合考慮して、原告の病期はステージ1であると判断した(乙二 三三頁、証人丙野七回一七丁裏)。

原告は、入院当日、看護婦に対し、しこりがあり、被告乙野からはそれが九〇パーセント悪いもので、手術をすると言われたが、他方、丙野医師からは、検査をしてみないとわからないと言われ、あやふやで不安であることなどを話した(乙二 四七頁)。

三月一日から三日まで、丙野医師の指示により術前検査として、被告病院の検査室において、原告に対し、血液検査、肝機能検査、腎機能検査、呼吸機能検査、心電図検査などが実施されたが、それらの検査結果から、被告乙野及び丙野医師は、原告が耐術性を有すると判断した。

原告は、血液検査などに対して怖がるなど、終始不安な様子であった(乙二 四七、四八頁)。

三月四日、原告の懇請もあって、丙野医師は、原告に対し、乳腺エコー検査(超音波検査)を実施したが、腫瘤陰影は描出されなかった。しかし、被告乙野及び丙野医師は、当時の超音波検査は解像力が現在よりも劣り、特に一センチメートル未満の腫瘤の正診率は二、三〇パーセントと低いことなどから、右検査結果によっても、なお原告の腫瘤が悪性のものであるとの認識を有していた(証人丙野九回一五丁表〜一六丁裏、被告乙野一二回一四丁表裏)。

また、そのころ行われた骨シンチ検査、肺レントゲン検査、肝エコー検査などによれば、癌転移の所見は得られなかった。

(二) 三月四日、丙野医師は、原告に対し、細胞診の結果などを考慮した上、手術することを勧め、手術方法としては乳房切除術を説明した(具体的な説明内容については、後記認定のとおり)。

その際、原告は、丙野医師に対し、自宅近くの医師が原告の腫瘤の大きさであれば乳房温存療法も取りうると言っていたのに、どうして全部切除しなければならないのかなどを質問した(甲六―一九、二〇頁)。

(三) 同月六日には、原告の夫の来院を求め、被告乙野及び丙野医師が、原告及びその夫に対し、諸検査の結果によれば手術をした方がよいこと、手術の方法としては乳房切除術を施行することを勧めた(具体的な説明内容については、後記認定のとおり)。なお、被告乙野らは、原告が自己の病名について神経質になっていることを認識していたので、原告に対し癌という病名を告知すると、精神的打撃を与えて治療がスムーズに行えなくなると考え、四日及び六日の説明においては、原告に対し、「癌」という病名を直接出すのではなく、「悪いところ」という表現を用いて説明した(被告乙野一一回一五丁表〜一六丁表)。

原告及びその夫は、被告乙野らの右説明を聞いて、右同日、原告について乳房切除手術を施行することに関する承諾書にそれぞれ署名し、右承諾書を被告病院へ提出した。

4  乳房切除術の実施

三月七日、被告病院において、指導医を被告乙野、執刀医を丙野医師として、原告に対し、全身麻酔下にて非定型右乳房切除術(オーチンクロス法)が実施された。

まず、丙野医師は、腫瘤の直上を切開し、約二センチメートルくり抜いて、乳腺腫瘤とその周辺組織の標本を採取し、これを病理組織検査に回した。岡本医師は、右組織標本をすだれ状に切り、各切片について迅速組織検査を行い、浸潤癌のうち充実腺管癌であると診断した(乙二―一九、二〇、五一頁、証人丙野八回六丁裏〜七丁表、九回二三丁表〜二四丁表、二七丁表裏)。

その後、創縁皮下脂肪を郭清して乳房が切断され、さらに腋窩が郭清された(乙二―三四〜三六頁、証人丙野八回一二丁表裏)。

三月八日、丙野医師は、摘出した乳房等について病巣部分の永久標本による組織検査を依頼した。そして、その病理組織検査によれば、切片2A、3A、B、C、4C、D、5B、C、D、6C、Dに癌を認め、浸潤癌のうち充実腺管癌であるとの診断であり、リンパ節への転移は認められなかった(乙二―一七、一八、二〇頁、証人丙野八回八丁表〜一〇丁裏)。

5  手術後の経過

原告は、その後創部感染や術後出血も見られず、順調に経過した。丙野医師は、原告の癌に対する心理的受容を見計らい、三月一四日、乳癌の早期であるが心配はいらない旨説明した。

手術後の治療として、被告乙野らは、原告に対し、癌の再発を予防すべく抗乳癌剤ノルバデックス(内服薬)の投与を開始した。原告は、上肢運動も含めて闘病生活に意欲的に取り組み、三月二六日、被告病院を退院した。

原告は、退院後、平成二年四月二五日まで、被告病院に外来通院しているが、診療における理学的所見及び検査所見いずれにも癌の再発徴候は見られなかった。

三  争点及び当事者の主張

本件における争点は、第一に、原告に対する診断方法(迅速診断)の適否、第二に、本件手術を選択・施行したことの適否、第三に、本件手術についての説明義務違反の有無、第四に、賠償すべき損害の価額の四点であり、これらの各点についての当事者双方の主張の要旨は以下のとおりである。

1  原告の主張

(一) 診断方法の適否について(争点1)

(1) 一般に、乳癌の診断方法には、問診、視診、触診の他、補助的な診断方法として、レントゲン撮影(マンモグラフィー)、超音波検査(エコーグラフィー)、サーモグラフィー、細胞診、生検などがあるが、各々の診断方法で得られる確診率はいずれも七〇パーセント以下であり、一長一短があること、乳房が女性の象徴であり、美容上も重大な意味を持つことなどを併せ考えれば、その確定診断には慎重な態度が要求されるべきである。

したがって、視・触診に加えてレントゲン撮影や超音波検査によって癌の疑いが払拭できない場合は、細胞診を行い、なお癌の疑いが払拭できない場合には、生検を実施して確定診断を得るべきである。

(2) しかるに、本件においては、原告は、問診においては腫瘤の存在を訴えておらず、さらに、触診、レントゲン撮影、細胞診、エコーグラフィーが実施されたが、いずれの検査によっても、腫瘤部位を特定することができなかったのであるから、癌の確定診断を得られない状態であったといえ、あるいは、そもそも乳癌ではない疑いが強く、仮に乳癌であっても極めて初期の段階である可能性が高く、乳房の温存療法によっても十分に治療が可能であり、緊急に切除手術を施行しなければならない状態ではなかった。

したがって、本件においては、被告乙野としては、癌の確定診断を得るため、さらに生検や乳管造影等の検査を実施すべきであったにもかかわらず、これを怠り迅速診断を実施したため、後記(三)記載のとおり迅速診断により原告の病名を誤診し、原告に対し不必要な本件手術が施行するに至った。

(二) 本件手術を選択・施行したことの適否について(争点2)

(1) 乳癌において切除手術が行われるのは、癌細胞の転移をおそれるためであるところ、乳癌が生体に影響を及ぼすのは、乳管外浸潤を起こし、さらには遠隔転移を起こすからであり、逆に乳管内癌巣のままで留まっていれば、生体への影響は少なく、切除手術も必要でないといえる。

この点、非浸潤癌の場合は、原則として転移せず、その七五ないし八〇パーセントは無治療でも一生無症状であるとの報告もあり、早急に手術を実施する必要はなかった。すなわち、原告には生命の危険はなかったのであるから、経過観察をすることで十分であり、乳房切除の必要性はなかった。ましてや、迅速診断から切除術という方法をとってまで早期に手術を行う必要は全くなかったのである。

また、仮に手術を行うとしても、非浸潤癌は乳房温存療法の適応とされているので、原告に対しては、乳房温存療法を施行すべきであった。

(2) しかるに、迅速診断において被告病院の病理医が、非浸潤癌を浸潤癌と誤診し、被告乙野は、不必要な本件手術を実施し、原告は、右乳房及びリンパ節を切除された。

しかし、非浸潤癌であることがわかっていれば、原告としては転移の可能性について不安を覚える必要がなかったのであるから、乳房切除に同意していなかったはずであり、被告病院としても乳房切除に慎重な態度が取れたはずである。また、非浸潤癌は転移しないからリンパ節切除は全く不要であった。

(三) 説明義務違反(争点3)について

本件においては、被告乙野及び丙野医師は、原告に対し、前記のとおり、癌の確定診断が得られていなかったにもかかわらず、原告の右乳房から採取した血性分泌物の塗沫細胞診の結果が悪性の疑いが高いことから、原告の右乳房のどこかに癌巣があるとして、乳房を温存したいと切望していた原告に対し、今すぐ乳房を切除しないと命の保証ができない、原告の乳房のどこに癌巣があるのかが分からないので乳房を温存する手術はできない、はっきりしないまま放置すると大変なことになるので切るしかない、どうしても温存したいとすれば、ある程度の見当をつけて四分の一を切除し、その部分に悪性の反応が出なければ、また四分の一を切除することになる、一か月で四回手術しなければならないかもしれない、切る、切らないの決定権は本人に与えられないなどと説明した。

このような説明を受けた患者としては、乳房の全部切除をしなければ命の保証はないとしか理解できないし、その他の方法、すなわち、乳房を温存する手術方法があり、これによっても治療が十分に可能であること、非浸潤癌については、経過観察により浸潤癌に変化した場合に手術を検討すれば足りることなどは、全く理解できない。

また、仮に被告乙野が本件を乳房温存療法の適応外であると考えたこと自体が裁量の範囲であるとしても、被告乙野は、乳房温存療法の実施状況、乳房温存療法の適応についての被告乙野の考え方及びこれと異なる見解の紹介をし、原告が希望すれば温存療法適応と考える医療機関への転医が可能であることなどを説明すべきであった。

そして、原告は、被告乙野から、正しく、かつ十分な説明を受け、自らの意思で判断するに必要な時間的余裕を与えられていたならば、乳房の全部切除及びリンパ節切除を行うことについて、同意はしなかった。本件において被告乙野がした説明は、医師としての義務の不完全履行であり、不法行為にあたる。

(四) 原告の損害について(争点4)

原告は、被告らの不法行為又は債務不履行により、次のとおり(1)ないし(3)の合計額である一三五四万二一一九円の損害を被ったところ、被告ら各自に対しその一部である一一〇〇万円を請求する。

(1) 逸失利益 二三一万二一一九円

原告は、右乳房がなくなったことにより、右腕が肩より上に上がりにくく、重いものは持てず、洗濯物を運んだり買い物をしたりするときに手伝いが必要になり、食器や箸を落とすようになった。

右の状態は、少なくとも第一四級の後遺症に該当するところ、第一四級の後遺症の労働能力喪失率は五パーセントである。

原告は昭和二一年六月生であり、本件手術当時は四二歳であるところ、平成元年の賃金センサスでは、女子の四〇歳から四四歳までの年収額は二九〇万〇三〇〇円であるから、原告の逸失利益は二三一万二一一九円である。

(計算式)290万0300円×15.994×5÷100

(2) 慰謝料 一〇〇〇万円

本件手術により、右乳房を失い、右胸に醜状痕が残っていることについての原告の嘆きや自信喪失は筆舌に尽くしがたいものであり、右精神的苦痛を慰謝するためには一〇〇〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用 一二三万円

2  被告らの主張

(一) 診断方法の適否について(争点1)

(1) 本件では、手術前の時点で、右乳頭約一センチメートル内側に硬結様腫瘤が触知され、レントゲン撮影により乳頭傍に淡い腫瘤陰影と微細石灰化像が認められ、乳頭分泌液塗沫細胞診の結果はクラス4又は3bであるなど、確定診断は得られていないが乳癌が多分に疑われる症例であった。

(2) 原告は、本件においては確定診断を得るために生検を行うべきであると主張するが、試験的にその部分の腫瘤を摘出して病理標本を作製し、病名を確定した上改めて根治手術を行うとすると、試験切除により癌細胞が撒布されるおそれが強く、患者に二度の手術負担を強いることとなる。これに対し、迅速診断によって癌であるとの診断がされれば直ちに根治手術を行うことには、右のような不利益を避けるという合理性がある。

加えて、根治手術を前提として全身麻酔下に迅速診断を行うという本件で用いられた方法は、平成元年当時においてよく実施された一般的な方法であった。

また、原告は、確定診断を得るために乳管造影を行うべきであるとも主張するが、乳管造影は無腫瘤性のものに対する診断方法であるところ、本件では、(1)記載のとおり原告の右乳頭約一センチメートル内側(乳頭傍)に硬結様腫瘤を触知していたから、乳管造影を行う必要性はなかったことは明らかである。

(3) したがって、被告乙野が、生検及び乳管造影等の検査を実施せずに迅速診断を実施し、乳房切除術を実施したことは相当であり、その判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用はないというべきである

(二) 本件手術を選択・施行したことの適否について(争点2)

(1) わが国における平成元年当時の乳癌に対する標準的な術式は乳房切除術(定型又は非定型)であり、乳房温存療法は一部の施設で試行されているのみで、その有効性や将来の普及に関しては容易に予想し難い状況であり、平成元年の医学雑誌においても、乳房温存療法の適応については極めて制限的な見解が示され、また乳房温存療法によった場合に主に局所からの再発があることが指摘されていた。さらに平成二年の医学雑誌においても、乳房温存療法については、本邦では外科医を中心として慎重な対応が目立ち、未だ普及したとは言い難い状況にあることが指摘されている。

ところで、医師の注意義務の基準となるものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であり(最高裁昭和六〇年三月二六日判決・民集三九巻二号一二四頁)、右にいう医療水準とは新規の治療法に関する知見が当該医療期間と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められる場合には、特段の事情が存しない限り、右知見は右医療機関にとっての医療水準とされている(最高裁平成七年六月九日判決・民集四九巻六号一四九九頁)。

本件のように、乳癌に対する治療方法として、乳房切除術がすでに確立した療法として存在し、その修正として乳房温存療法という新規療法が試行されるという過程にある場合には、仮にその新規療法が、信頼に値する医師ないし医師グループによって当該疾患に対し有効なものと承認されつつあったとしても、直ちに既存の療法を廃して新規療法に依拠すべきことが義務づけられると解することはできない。このような場合は、新規療法の方が、治療効果の有効性、安全性、患者への負担の程度等を総合考慮して既存療法より優れていることが、臨床医学の実践の場で一般的に承認されるに到らない限り、医師(医療機関)の療法選択における専門的裁量の問題として把握されるべきである。

被告病院においては、本件診療の時点まで、温存療法について検討はしていたものの、これを実施したことはなかったところ、前記のとおり、平成元年当時の医療現場における温存療法に対する評価を考慮すれば、乳房温存療法を実施することが被告病院にとっての医療水準と解されないことは明らかである。

(2) また被告乙野は、乳房温存療法についても検討したが、同療法についてはその適応条件に厳しい検討が求められるところ、本件は、乳房温存療法の適応外と判断した。

すなわち、本件は、乳管内進展の多い血性乳頭分泌症例であり、乳頭への癌浸潤を考慮した距離三ないし五センチメートルまでの乳頭近傍の腫瘤にも該当し、かつ乳癌における頻度一四ないし六〇パーセントの多中心性の病巣も懸念される状況にあったことから、被告乙野は、乳房温存療法の適応外と判断した。本件は切除乳房組織の病理検索において乳頭底を含め広範囲の癌病巣の進展が認められており、放射線療法が効きにくい癌病巣遺残の危険性を回避しうる乳房切断が妥当であったということができる。

原告は、非浸潤癌であることを根拠に、乳房温存療法の適応であると主張するが、平成元年当時に公表されていた文献では、乳房温存療法の適応条件については極めて限定的な見解が示されていた。また、乳房温存療法の一環として施行される放射線療法に対しては、一般外科医の信頼が得られておらず、非浸潤癌に対する効果も疑問視されていた上、照射のための長期の入院や治療費の増大、照射がもたらす残存乳房への影響など様々なマイナス面が意識されていたのであり、非浸潤癌であれば乳房温存療法の適応であるという医学的見解は確立されていなかった(現在でも確立されていない)。

さらに、原告の乳癌は、血性分泌を示すもの(この場合は乳管内進展が多く、放射線照射が有効でないとされている)で、乳頭付近に存在するものであるが、かかる場合は、乳房温存療法の適応外と解する医師が現在でも多い。

したがって、本件において、乳房温存療法の適応外と判断したことは相当であるというべきである。

(三) 説明義務違反について(争点3)

(1) 医師が、患者の同意を得てから治療行為を行うべきは当然であるところ、その際に説明すべき内容としては、患者の疾病の現状、実施予定の治療から期待される効果、実施予定の治療に付随する危険、代替可能な治療に関する情報、治療を行わない場合における病状推移の予測等が挙げられる(最高裁昭和五六年六月一九日・判例時報一〇一一号五四頁)。

そして、具体的にいかなる範囲の事項を説明することが義務づけられるかについては、医療の緊急性、危険性の程度、患者の状況等の個別的事情を総合的に考慮して決する必要がある。

また、今日でこそいわゆるインフォームドコンセントの知識が普及し、そのやり方も漸次臨床医の間に平均した方式として定着してきているが、従来医師が受けてきた倫理上の教育として、患者の身になって一番よいと思われる方法を医師が考えてこれを勧め、癌への不安によって動揺している患者をさらに無用な混乱に落とし入れることを避けることが最善とされてきた長い経緯があることは、説明義務違反の有無を判断するに当たって十分斟酌するべき事情である。

(2) 被告乙野及び丙野医師は、原告及びその夫に対し、細胞診による高い乳癌の疑いを前提としながらも、病理組織検査を経由していないことから、癌治療の可能性を探る中で、患者である原告の性格等(原告は、神経質で、手術及び乳癌に対する不安が非常に強い様子であった)に対しても配慮し、慎重に言葉を選択しながら、迅速診断とその結果が悪性の場合における乳房切除術の実施について基本的に説明し、その了解を得るように務め、かつその旨の承認を得て現実の診療に入った。

これに対し、原告は、被告乙野及び丙野医師が、原告に対し、今すぐに(乳房を)切らないと命の保証がない、四分の一切除を一か月に四回することになる、決定権は本人に与えられていないと説明したと主張するが、被告乙野及び丙野医師は、かかる説明はしていない。

(3) したがって、被告乙野及び丙野医師が行った説明は、必要かつ十分なものであり、原告の同意を得てなした本件手術は適法というべきである。

第三  当裁判所の判断

一  乳癌の診断方法と迅速診断について

1  診断方法

甲一(平成二年一一月発行。以下、書証番号の直後の括弧内に記載の年月は、当該書証の発行年月を示す)、甲九―文献8(平成二年一二月)及び鑑定人並木恒夫の鑑定結果(以下「並木鑑定」という)によれば、乳癌の診断方法としては、問診、視診、触診の他、補助的診断方法として、乳房単純撮影法(マンモグラフィー)、超音波検査法(エコーグラフィー)等があり、各種診断方法の内容及び診断率等は、次のとおりであることが認められる。

(一) 問診

患者の初潮、生理状態、結婚、妊娠、流産、出産、授乳、閉経等について聴取し、乳癌の危険因子について留意しつつ、乳腺及び内分泌系手術の既往等を聴取する(甲一―一一頁)。

(二) 視・触診

乳癌の診断に最も広く用いられているが、その診断能力は、癌の大きさにより左右され、第二九回乳癌研究会(昭和五四年)のアンケート調査によれば、腫瘤径が2.0センチメートル以下では18.1パーセントと極めて低い。また、組織型別で見ると、硬癌は比較的診断されやすいが、非浸潤癌、乳頭腺管癌等では診断が難しいとされている(甲一―一二頁)。

(三) 単純乳房撮影法(マンモグラフィー)

最も広く用いられている客観的診断方法であり、その撮影方法は、頭尾方向、内外方向の二方向で行い、可能な限り乳房を圧迫して撮影する。直接所見としては、①病巣の濃度、②病巣の大きさ、③病巣辺縁の形状、④石灰化像があり、間接所見としては、①皮膚牽引像、②皮膚肥厚像等がある。

乳癌に見られる石灰化像は、微細石灰化像といわれ、数が多く、大小不同で濃淡があり、形も不定で、ある範囲に限局して集合性に存在する。特に乳房に腫瘤を触れない乳癌は、しばしば単純乳房撮影法の微細石灰化像のみが診断の契機となる。

単純乳房撮影法の診断率は、前記アンケート調査によれば、腫瘤径1.0センチメートルまでの確診率は33.5パーセント、1.1センチメートルから2.0センチメートルの確診率が52.3パーセント、2.1センチメートル以上の確診率が七〇パーセント前後となり、腫瘤径によりかなりの差がある(甲一―二三〜二六頁)。

(四) 乳管造影法

乳頭異常分泌を主訴とする場合に行われ、乳頭分泌を認める乳管に造影剤を注入し、その原因となる乳管内の腫瘤(乳頭腫や癌)の存在や部位を調べる方法であり、特に無腫瘤性乳頭異常分泌症に対して行われる。乳管造影は、確定診断のための生検の術前処置としても必須の検査法である(甲一―二六、二七頁、甲九―文献8―五九二、五九三頁)。

(五) 超音波検査(エコーグラフィー)

わが国において、超音波検査は単純乳房撮影法とともに乳腺外来におけるルーティンな検査となっており(甲一―二八頁)、嚢胞と癌の区別、嚢胞内腫瘤の精診等に有効とされている(同―三三頁)。

超音波検査の診断率は、前記第二九回乳癌研究会のアンケート調査によれば、腫瘤径が1.0センチメートルまでの確診率は29.9パーセント、同1.1センチメートルから2.0センチメートルまでが52.0パーセント、同2.1センチメートルから3.0センチメートルまでが66.8パーセント、同3.1センチメートル以上が75.1パーセントとなっている(甲一―三〇頁)。

(六) 細胞診

細胞診には、本件で行われた乳頭分泌物の細胞診、穿刺吸引細胞診の他、皮膚表面の病変からの擦過細胞診がある。

乳頭分泌物の細胞診は、乳頭からの分泌物を二枚のスライドグラス上に採取し、一枚は直ちに九九パーセントのエタノールに固定し、他の一枚は乾燥固定する。分泌物に含まれる剥離細胞をそれぞれ染色し、鏡検し診断する。血性分泌物からの細胞診に陽性率が高いとされる。

穿刺吸引細胞診は、腫瘤を直接、注射針で穿刺し、吸引圧をかけて細胞を回収し、細胞学的に診断する方法であり、嚢胞や充実性腫瘤に行われる。しかし、穿刺部位が不適当であったり、細胞の回収が不十分であると偽陰性(false negative)となり、また、細胞診の読みでも偽陰性や偽陽性(false positive)となることがある。したがって、細胞診の結果が陰性(negative)でも、視・触診や他の診断法で癌が否定できない場合は、生検を行うべきであるとされる(甲一―三四頁)。

(七) 生検

外科的生検は、皮膚を切開して病巣の全部あるいは一部を摘出あるいは切除して、病理組織検査をすることであり、病巣全体を切除する摘出生検と癌巣の一部を切除する切除生検がある。

生検により、癌細胞が撒布され転移や再発が増すことが懸念されるため、生検により癌の診断がついた場合、できるだけ早く根治手術をすべきであると考えられているが、生検後に緊急に根治手術を行うほどではなく、二、三週間までならば生存率に影響がないとされている(甲一―三六頁)。

(八) 迅速診断

迅速診断は、皮膚を切開して摘出した組織を、未固定の状態で急速に凍結させ、薄切染色する方法で、約三〇分で組織学的診断がつくものであるが、永久標本に比べると標本の品質が悪く、詳細な検討には適さないとされる(並木鑑定六2)。

2  迅速診断による乳癌手術

(一) 迅速診断による判定

本件手術の四か月程前に発表された聖マリアンナ医科大学第一外科(渡辺弘教授ら)における乳癌手術の症例報告によれば、「右乳房に径約一センチメートルの腫瘤を触れる、液窩リンパ節は触れない、穿刺吸引細胞診はクラス4、超音波検査、乳房X線検査では強く悪性を示唆している」との症例について、超音波検査及び乳房X線検査の正診率が48.3パーセント及び63.1パーセントと決して高くないことなどにより、約一センチメートルの腫瘤の右症例の診断には、きわめて慎重でなければならないとしながらも、穿刺吸引細胞診がクラス4であることより右症例は悪性とほぼ断定してよいとした上、なお、穿刺吸引細胞診で疑陽性は数パーセントと少ないものの触診や画像診断で少しでも疑問がある場合は、筆者らは試験切除をすることとしているとし、右症例の場合、本件と同様に、全身麻酔下に試験切除を施行し、迅速診断で確認後、根治手術に移行するのが適当としている(乙五=臨床雑誌外科(昭和六三年一一月))。

また、本件手術の約二年半後に発表された国立がんセンター研究所病理部(板橋正幸ほか)の「乳腺迅速標本の取り扱いと病理診断」によれば、迅速標本の検索と悪性の場合の根治手術との時間的関係については、基本的考え方として、根治手術を行う準備の下で迅速標本検索を行い、その結果悪性と判断した場合はすぐ同日に根治手術を行うのが原則であり望ましいとした上、良悪性判定の可能性が半々のような症例の場合は、最初に迅速標本検索のみを行い、一、二週間以内に根治手術を行う場合もあるとし、これは生検後、一ないし二週間以内に根治手術をすれば再発率予後に有意差はないという統計に基づいているとしている(乙一五=乳癌の臨床(平成三年一〇月))。

そして、安住修三の意見書(乙一二―五頁)及び同補充書(乙一三―二・三頁)によれば、迅速診断は、乳腺の外科で多用されている方法で、切除した組織が癌か否か、癌組織が十分に切除されたか否かの判定に利用されており、手術前に確定診断は得られていないが、乳癌が多分に疑われる症例に対して、外科的試験切除による癌細胞散布などの不利益を避け、患者への二度の手術負担等を避けるために、根治手術を前提として全身麻酔下に迅速診断を行う方法は一般的によく用いられる方法であることが認められる。

(二) 本件における迅速診断の結果

前記第二、二4のとおり、被告病院における迅速診断及び手術後の組織検査の各結果はいずれも浸潤癌のうちの充実腺管癌であったが、右迅速診断及び手術後の組織検査の標本プレパラートについての鑑定人並木恒夫の鑑定結果は、次のとおりである。

標本プレパラートのうち、乳腺腫瘤からの組織標本には、凍結標本プレパラートにも永久標本プレパラートにも乳頭状増殖を示す病巣が見られ、凍結標本では全体が非浸潤性乳管癌と思われたが、永久標本で見ると、非浸潤性乳管癌の他に乳管内乳頭腫の像が共存していることが判明した。また、周辺部からの組織標本では、凍結標本プレパラートに乳頭状増殖巣があり、非浸潤性乳管癌と思われたが、永久標本で見ると乳管内乳頭腫のみで非浸潤性乳管癌の所見はない。そして、凍結標本プレパラートにも永久標本プレパラートにも、浸潤性乳管癌の所見はなかった。

手術材料組織標本については、乳腺の組織標本プレパラート四三枚のうち、4Aに非浸潤性乳管癌、4Cに乳管内乳頭腫と乳管過形成、1B、2A、3ABC、4D、5BCD、6CD、7CD、8B、9A、10Aに乳管過形成を認めた。4B(乳頭部)には著変がなかった。

手術材料組織標本の4Aに認められた非浸潤性乳管癌は、迅速診断で摘出された非浸潤性乳管癌に連続しているものと思われ、その大きさは、前者が二ミリメートル大で、後者が七ミリメートル大であったので、合計すると一センチメートル大程度と推定される。浸潤性乳管癌の所見はなかった。なお、リンパ節プレパレート三枚には転移が認められなかった。

右のとおり、並木鑑定によれば、被告病院における迅速診断及び手術後の組織検査は、非浸潤癌を浸潤癌と判断したなどの誤診があったことが認められる。

二  非浸潤癌(非浸潤性乳管癌)について

甲七ないし九(近藤誠作成の鑑定意見書、同補充書及び説明書)、甲一二(平成二年一月)及び甲一三(同年四月)、乙七(平成二年四月)、乙一二及び一三(安住修三作成の意見書、同(補充))、乙一四(平成三年三月)、並木鑑定及び同人の証言によれば、次の事実が認められる。

1  非浸潤癌の意義及び性質

(一) 非浸潤癌(非浸潤性乳管癌=DCIS)とは、乳房の場合、乳管の中に限局し、上皮と間質の境界よりも外へ浸潤していない癌をいい、これに対して、乳管外へ浸潤している癌を浸潤癌という。非浸潤癌も浸潤癌も、日本乳癌研究会の乳腺腫瘍の組織学的分類としては、上皮性腫瘍のうち悪性のものとして分類されている(甲九―文献6(昭和六三年)―八九八頁(訳一頁)、証人並木二丁表〜三丁裏)。

(二) 従来、非浸潤性乳管癌の患者に対し、ほとんどの場合に乳房切除術が施行されていたため、非浸潤性乳管癌の病変の経緯を調べる機会は少なく、非浸潤癌から浸潤癌へ進行する危険度についての情報は限られていた(甲九―文献6―八九九頁(訳四頁))。

ところで、海外においては、この問題についての数少ない研究として、①非浸潤性乳管癌の患者が生検を受けた後三ないし一〇年の間に、二五人の患者のうち七人(二八パーセント)に、最初の生検部位に近いところに浸潤癌が発生した、②最初の生検で非浸潤性乳管癌が見られた後平均9.7年で、治療を続けていた一五人の患者のうち八人(五三パーセント)に、同じ側の乳房に浸潤癌が進行しており、そのほとんど全員において最初の生検部位と同じか近いところに発生していた、との研究報告が、一九八八(昭和六三)年四月に発行された「ニューイングランド医学ジャーナル(THE NEW EN-GLAND JOURNAL OF MEDI-CINE)」で紹介された(甲九―文献6―九〇〇頁(訳四頁))。

日本においては、前記の海外研究のような統計を伴う非浸潤癌の研究報告は、本件手術の四年後である平成五年の時点においてもほとんどなく、平成五年三月発行の医学雑誌に掲載された論文では、乳房温存療法で行われる外科的部分切除では、残存乳房に乳管内進展癌巣が遺残することが多いといわれているが、他方乳癌が乳管内癌巣のままでとどまっていれば生体への影響は少ないとの観点から、非浸潤性乳管癌の自然史の研究の重要性が指摘され(乙一四―一二三頁)、過去の非浸潤癌の症例についての分析を行っているものの、どのような性状をもつ乳頭癌が浸潤をおこしやすいかについての有意な所見は得られなかったとし、高分化で再発しにくいと一般に考えられていた乳頭癌の中でも、核が過染性のものは比較的短期間に浸潤癌となる可能性があることを指摘しているにすぎない(同一二七頁)。また、同論文は、前記の海外での研究も紹介しているが、どのような臨床病理学的特徴をもったものが浸潤癌になりやすいのかは不明であるとしている(同頁)。

2  非浸潤性乳管癌の治療方法

(一) 前記「ニューイングランド医学ジャーナル」(昭和六三年四月)は、従来、全ての乳癌に乳房切除術が施行されていたため、非浸潤性乳管癌の治療方法についても、その自然史と同様、ほとんど議論がされていなかったが、マンモグラフィーによる検診の普及によって、病変の発見がめざましく増加し、その治療法について正確に評価する必要が生じてきており、浸潤性乳癌の治療において乳房温存療法が取られるようになっている傾向を考慮すると、非浸潤性乳管癌の治療に乳房切除術の施行を正当付けることは、ますます難しくなってきたとの前提で、非浸潤性乳管癌の治療について実際的な検討を行い、以下のような見解を示している(甲九 文献6八九八・九〇〇頁(訳一・五・六頁))。

(1) 従来、乳房切除術(ハルステッド)が非浸潤性乳管癌の標準的な治療方法であり、この方法を用いる根拠はその実証された有効性(大規模な研究による局所腫瘍の管理と一〇〇パーセント近い生存率)である。

(2) これに対し、非浸潤性乳管癌に対し乳房温存療法(乳房切断術と放射線療法を組合わせる方法と乳房切断のみの方法)を施行し経過を観察したデータは、乳房温存療法が局所腫瘍をかなりの好成績で管理し、併用される放射線照射は、局所再発を減少させ又は再発の時期を遅らせるものであることを示しているが、これらの結果は、患者が少数で治療後の追跡時間が少ないという理由で、途中段階のものと見なさなければならない。

(3) 非浸潤性乳管癌が浸潤癌に進行するかどうかはまったく確かではなく、過去の研究によって非浸潤性乳管癌の患者のいくらかは乳房切除術(ハルステッド)を用いずに適正に治療できることが示されているが、非浸潤性乳管癌の患者の誰が乳房切除術(ハルステッド)よりむしろ乳房温存療法のほうが安全に受けられるものか選別する基準が未だ確立されていない。

(二) 日本においても、非浸潤性乳管癌の治療方法については従来議論がされておらず、平成元年二月一七日に開催された乳癌研究会(甲一二。以下「二月研究会」という)は、「乳房温存術と放射線治療」についてのシンポジュウムを行っているが、各研究機関等の報告においても、浸潤癌と非浸潤癌を特に区別した論述は見られない(愛知県がんセンター乳腺外科の報告(甲一二―一四一頁)でTis二例について乳房温存療法の一つであるくり抜き法(Lumpectomy)を実施したことが報告されているが、右の例が非浸潤癌であるかは明らかではないし、不浸潤癌であるから温存療法を行ったと解することもできない)。

これに対し、同年七月二一、二二日に開催された乳癌研究会(甲一三。以下「七月研究会」という)においては、「乳癌温存術式」を主題Iとして、同主題に関連する示説発表も加えて六四の研究報告がなされ、乳房温存療法に対する関心も大きく広がりを見せるようになり、その中で、以下のように浸潤癌と非浸潤癌とで術式の選択においても考慮していると見うる意見も発表されている。

(1) 東北大学第二外科等の報告(Ⅰ―5)

乳頭異常分泌を主訴とする六九症例について、選択的乳腺区域切除を施行し、摘出標本中、四例に浸潤癌、二一例に非浸潤癌を認め、浸潤癌は全例乳房切断術を付加したが、非浸潤癌例については一三例に乳房切断術を付加したものの、八例は経過観察中であり、これら八例には未だ癌の局所再発等は認めていない。

(2) 札幌医科大学第一外科等の報告(Ⅰ―6)

局所再発の一要因としてのIC(intraductal componennt=管内成分)の増殖活性は、浸潤癌に比して非浸潤癌の場合は低率であったから、乳房温存術の施行と経過観察に際し留意すべきである。

(3) 山形県立中央病院外科の報告(Ⅰ―30)

昭和六一年七月から乳頭温存乳癌根治手術例一二例の手術適応として、腫瘤の大きさを二センチメートル以下としながら、非浸潤癌では大きさを問わないこととしている。

(4) 三井記念病院外科等の報告(Ⅰ―32)

非浸潤性乳癌は予後が極めて良好であるが、管内進展・多発病巣の問題で乳房温存手術の適応に入れてよいか議論が分かれているとの認識のもとに、同病院における過去一九年間の乳癌手術例八七二例中の非浸潤癌二八例三一個の乳房を病理学的に調べ、乳腺部分切除による癌遺残の可能性を検討した結果、①腫瘍の摘出生検が行われた二八個の内二一個(七五パーセント)に癌の遺残が見られた、②腫瘍をその中心においたQuadrantectomy(四分の一切除)を行っていたと仮定すると、三一個中一〇個(三二パーセント)に癌の遺残が予想された、③Qua-drantectomyした場合に癌が残る部位は、乳頭下に九、隣接部に二、乳頭反対側に五であり、多発病巣は一個にみられたとして、非浸潤性乳癌に乳腺部分切除を行うと癌の遺残する頻度は高いので、慎重に症例を選らぶ必要があるとしている。

(5) 東京都立大塚病院外科等の報告(Ⅰ―36)

昭和五七年以降、乳房温存手術を実施しており、その適応をTis症例と腫癌径一センチメートル以下とし、Tis八例が紹介されている(ただし、Tis例のすべてが非浸潤癌であるか否かは明らかでない)。

また、平成元年、厚生省助成による「乳がんの乳房温存療法の検討」班(班長霞富士雄―以下「霞班」という)が結成され、日本の代表的な一〇施設による研究が開始され、同年一〇月一三日に日本の諸事情を勘案した暫定的な実施要綱(以下「霞班実施要項」という)がまとめられているが、これによれば、乳房温存療法の適応として、Tisを含めており、非浸潤癌をその適応のあるものとしている(甲九―文献1―四七九、四八〇頁)。

しかし、七月研究会では、未だ発表例も少数に止まり、大多数は浸潤癌と非浸潤癌の区別をしておらず、両者の相違に関心を示す研究者においても、非浸潤癌に対し、乳房温存療法を適応した場合の癌の遺残や放射線療法の効果や副作用に対する警戒感の強さを払拭しきれていない実情にあるものと考えられる。

さらに、平成二年四月の「外科治療」において、非浸潤性乳管癌は一般に予後は良好であるが、乳腺組織内の進展でみる限り硬癌などに比べて、腫瘤部分より離れた部位にまで広範囲に乳管内進展をしていることが多く、Qua-drantectomy(四分の一切除法)を行ってもなお温存乳腺側に癌組織の遺残する可能性があり、しかもこうした比較的高分化なものほど放射線感受性が低いとして、乳房温存療法の適用外とする見解も示されており(乙七―四一九・四二三頁)、また、本件手術の四年後である平成五年の時点においても、癌研究会癌研究所病理部等の報告(乙一四(平成五年三月)―一二七〜一二八頁)によれば、過去の摘出生検で良性病変と診断され、経過観察となったが、後に顕性癌化し乳房切除術が行われるに至った非浸潤乳管癌について臨床及び病理組織学的検討を行った結果、当初診断時における非浸潤癌の診断能の低さや浸潤部の見逃し等の問題に留意しても、かなりの再発例があるとして、乳房温存療法の歴史が浅く、長期的の予後が明らかになっていないわが国の現状において、適応をいたずらに広げることは患者に不幸をもたらすのみならず、新しい治療法に誤った評価を与えることにもなりかねないとの警鐘を鳴らしている。

三  乳房温存療法の普及状況と適応について

1  乳房温存療法の定義

乳房温存療法とは、乳房を残しながら治療する治療法の全てを含む広い概念であるが、代表的な療法としては、原発性乳癌を部分切除(くり抜き法(Lumpectomy)、四分の一切除法(Quadrantectomy)等)し、癌の遺残や転移に対応するため、腋窩のリンパ節等の郭清(axillary dissection)や残存乳房への放射線照射(radiotherapy)の併用を考慮する乳癌の手術術式である(甲―二〜三頁、甲九―文献1―四六八頁、甲一一、乙八―四二一頁)。

2  普及状況

(一) 世界的動向

一九七〇(昭和四五)年までは、アメリカの外科医ハルステッドが一九世紀末に発表した定型乳房切除術(大小胸筋を含めて乳房の全てを除去する術式)が全世界で画一的に行われていたが、一九七〇(昭和四五)年ころ、大胸筋を温存する非定型乳房切除術が出現した(この術式は、一九七五年(昭和五〇年)ころには、標準術式となった)。一九七〇(昭和四五)年後半からは、さらに乳房の温存を図りたいという観点から、腫瘍を含む乳腺組織及びその周辺組織を摘出し、他の部分を温存する乳房温存療法が試行されるようになった。そして、一九七三(昭和四八)年から行われたミラノ癌研究所によるハルステッド法との比較研究、米国のNSABPによるオーチンクロス法との比較研究などにより、乳房温存療法がこれらの術式と比べ生存率等に差がないことなどが認められたため、種々の施設において乳房温存療法が施行されるようになった。そして、欧米において、ハルステッド法は、一九八〇(昭和五五)年までに稀にしか実施されなくなっていった(甲一二―一三八頁(訳一頁)、乙七―四一七頁、乙八―四一九〜四二一頁、乙一七―三〇頁)。

(二) 日本における普及状況

右のような欧米での乳房温存療法に関する研究結果は、わが国でも医学雑誌等で報告されたが、昭和六一年に開催された第四四回乳癌研究会での全国主要七九施設のアンケート集計によると、同六〇年現在、施行された乳癌手術のうち乳房温存療法によるのはわずかに0.4パーセントに止まっていた。

わが国において乳房温存療法が普及しにくい要因として種々の分析があるが、日本においては、外科手術での乳癌治療の成績が欧米のそれに比して優れているとされていることもあって、乳房温存療法により癌を遺残させる不安又は潜伏癌に対する不安からそれまでの治療成績(生存率等)の低下に対する危惧が払拭されていないことに加えて乳癌に対する放射線治療の歴史の浅さなどが大きく影響していると見られる。しかし、時代の進歩とともに、医学も安全性のみを追求することでこと足れりとすることは許されなくなり、術後の患者のquality of life(生活の質)などが強調されるようになっていき、乳房は女性の象徴的存在として、癌から自由になった場合にその後のquality of lifeがとりわけ重要になる臓器であるとの認識もあり、次第にわが国でも乳房温存療法に取り組む研究者も現われるようになってきた(乙七四一七〜四一八頁、乙八 四二一〜三頁)。

昭和六一年から昭和六三年までの乳癌手術術式の動向に関するアンケート調査(泉雄・乳癌手術アンケート調査Ⅰ 全国一九五施設)及び平成元年から平成三年の同種のアンケート調査(同調査Ⅱ 全国二三六施設)によると、各年に施行された乳癌手術のうち乳房温存療法によるものは、昭和六一年1.5パーセント、昭和六二年約1.7パーセント、昭和六三年3.2パーセント、平成元年約6.5パーセント、平成二年10.3パーセント、平成三年12.7パーセントとなっている(乙一三 添付資科(1)、(4) 八五・八六頁)。

(三) 各医療機関での実施状況

(1) 二月研究会での報告

このような経緯の中で、平成元年二月一七日に開催された乳癌研究会(二月研究会)は、「乳房温存術と放射線治療」をテーマとしてシンポジュウムを開催し、乳房温存手術の可否やその方法、適応基準などについて議論がされ、一部の医療機関において独自の適応基準を定めて試行された例が報告された。その報告の要旨は以下のとおりである(甲一二)。

① 徳州会茅ヶ崎病院外科

昭和五七年から乳房保存を希望する患者に対し、インフォームド・コンセント(内容は、(イ)短期生存率に関しては、乳房保存療法は乳房切断術に比べて遜色はないが、保存療法では一〜二パーセント/年の確率で局所再発の可能性がある、(ロ)放射線療法の長期の副作用は不明である、(ハ)の示したデータは欧米のもので日本人を対象としたものではないことを骨子とする)を得た上で、積極的に乳房保存療法を採用実施し、昭和六三年末までに八四人(八八乳房)に及んでいる。そして、現在のところ全員に局所再発、遠隔転移を認めていないが、経過観察期間は極めて短く、患者自身による美容機能の評価では全員満足しているが、医師による評価はやや厳しいとされている。

② 乳腺クリニック児玉外科(京都)

乳房部分切除術については、微小癌組織の存在する可能性が一八パーセント前後あることが明らかになっており、早期癌であっても、全乳腺を切除しないかぎり、癌組織を完全に切除したという保障は全くなく、温存乳腺への放射線照射による徴小癌巣のコントロールが是非必要であるとの認識にたち、昭和六二年一一月から昭和六三年末までに患者等の同意を得て一五例に実施した。手術照射後の経過は短期間であるが、現在のところ局所・全身再発はなく、照射後の乳房の硬化、変形も全く認められない。

③ 右のほか、三井記念病院外科(昭和五八年から一九例)、東京女子医科大学放射線科、同第二外科、同第二病院外科(昭和六二年から一一例)、島根医科大学第二外科及び香川医科大学第二外科(各五例)が紹介されている。

右のような実践例の報告がなされている一方、二月研究会においては、乳房温存の縮小手術を採用するには、①縮小手術により生存率の低下が見られないようにすること、②縮小手術に放射線治療を加えるかどうかについて、加えない場合は、手術範囲に癌が止まっているとの病理医の保証が必要になり、癌の残存が疑われる例に対しては、照射で局所をコントロールすることができるとの放射線科医の保証がそれぞれ必要であることという二点の問題点があり、右問題点からすると、縮小手術の実施に当たっては、外科・病理・放射線医がチームを組んで診断し、治療方針を決定し、治療に当たることが必要になるが、平成元年の時点において、日本においてかかる医療体制が十分にできているかは疑問があることが指摘されていた(甲一二 一三三頁)。

(2) 七月研究会での報告及び霞班の結成

本件手術後の平成元年七月二一日、二二日に開催された乳癌研究会(七月研究会)では、既述のとおり、「乳癌温存術式」を主題として、六四の研究報告がなされるに至り、そのうち約三〇例は程度の差はあるものの乳房温存療法の実践例を報告しており(甲一三)、乳房温存療法に対する関心と実践例の拡大が見られ、同年四月発行の「臨床放射線」(乙八)は、「乳癌治療法の変遷 特に最近の動向について」という特集を組み、同年一二月発行の「乳癌の臨床」(甲九文献4及び5)も「乳房温存療法」と題する特集を組むなど、二月研究会のシンポジュウムを契機にわが国でも乳房温存療法の研究と実践が大きく進展し始めた。

このような状況を受けて、厚生省の助成を受けた霞班が結成され、日本の代表的な一〇施設において乳房温存療法の検討が開始された。

(3) 関西地域における実施状況

被告病院が所在する関西地域を含む中西部地域(関西、東海、北陸)に所在する三七医療機関について、平成元年一一月末日現在で調査したところによれば、実施している施設は九施設(24.3パーセント)、実施していない施設は二八施設(75.7パーセント)である。

そして、実施していない施設のうち、一二施設(42.9パーセント)は施行する考えがないと回答し、八施設(28.6パーセント)は適応を厳しくして症例を選べば施行してもよいと回答し、興味をもっていると回答した施設が一施設であり、その他、本療法の利点が明らかになるまで実施を保留したいと回答した施設が五施設(17.8パーセント)であった(乙九=乳癌の臨床(平成二年九月 五六七〜九頁、なお被告病院も右調査の対象となっている)。

実施施設中、関西地域にあるものの実施開始時期、施行例数は以下のとおりである。

神戸市立中央市民病院  昭和六二年一月から  一四例

大阪府立成人病センター 昭和六二年三月から  三三例

京都大学        昭和六二年一一月から 三六例

大阪大学        平成元年一一月から   一例

(なお、関西地域での乳房温存療法の実施施設としては、二月研究会で報告された京都にある乳腺クリニック児玉外科が昭和六二年一一月から昭和六三年末までに一五例を実施しているほか、七月研究会で報告されたところによれば、和歌山県立医科大学胸部外科において、昭和五二年ころから一一〇例の実施例がある)。

(4) 被告病院においては、平成元年当時、乳房温存療法に対する状況等を勘案し、慎重論がなお多数占めていたことから、温存療法を直ちに積極的に採用するまでには至っていなかった(被告乙野一一回二一丁表)。

なお、平成二年ころからは、実験的に一部の患者に対して温存療法を施行するようになった(被告乙野一二回二四丁裏)。

3  乳房温存療法の適応基準

(一) 甲四、甲五、甲九、甲一一ないし一三、乙五、乙七ないし九及び乙一二によれば、二月及び七月研究会等に報告されている乳房温存療法を施行している各医療機関並びに平成元年一〇月一三日に暫定的に示された霞班実施要綱における乳房温存療法の適応基準三〇例は、別表のとおりであり、これを整理すると以下のようになる。

(1) 腫瘤の大きさ

患者が美容的に満足いけば大きさは問わない………………………………一

四センチメートル以下……………一

三センチメートル以下……………一

二センチメートル以下…………二三

(ただし、内二施設は非浸潤癌の場合は大きさを問わない)

1.5センチメートル以下………一

一センチメートル以下……………一

定めなし……………………………一

(2) 腋窩リンパ節の触知

腋窩リンパ節を触知しない……一〇

腋窩に転移を疑わせるリンパ節がない……………………………………一二

定めなし……………………………七

不明…………………………………一

(3) 腫瘤の位置

外側半(C・D)…………………六

外側上(C)………………………二

外側上(C)が最善、乳輪(E)は除外……………………………………一

乳輪直下の大きな腫瘤は除外……一

定めなし…………………………一九

不明…………………………………一

(4) 乳頭中心から腫瘤辺縁までの距離

五センチメートル以上……………七

四センチメートル以上……………三

三センチメートル以上……………八

二センチメートル以上……………一

定めなし…………………………一〇

不明…………………………………一

(5) 血性乳頭分泌がある場合

適応外とするもの…………………二

定めなし…………………………二八

(二) 原告の適応

原告の乳癌は、非浸潤癌である点、腫瘤が乳頭内側二センチメートルに存在する点、血性分泌がある点から、乳房温存療法の適応を欠くこととなる適応基準がかなり存在すること、適応に関する右各点についての見解も次のとおり分かれていることが認められる。

(1) 非浸潤癌については、乳房温存療法で残存乳房に対して照射される放射線に対する感受性の程度について諸論があり、この点について感受性が高いと見て適応とする見解(甲九 文献1(平成元年一二月) 四七三・四七五頁、文献2(同月) 四八五頁)と低いと見て適応外とする見解(甲九文献1(同月) 四七三・四七五頁、乙七(平成二年四月)四二三頁)とがある。

(2) 腫瘤が乳頭近くに存在することについては、①術後に乳頭の変形や変位を残しやすいこと(乙一二(安住修三作成の意見書) 七頁)②局所再発回避のためには切除断端が癌細胞陰性となるように、腫瘍周囲に健常脂肪組織を一ないし二センチメートル付着させて切除することが必要であること(甲五(平成元年四月) 四六五頁)などの理由から、乳房温存療法の適応外とする見解もあるが、他方、乳頭・腫瘤間の距離が四センチメートル未満のものは、乳頭を含み乳腺部分切除術を行い、その欠損部に筋皮弁を充填して一期的乳房再建術を行うことにし、なお適応とする見解(甲五 四六五頁、甲九 文献5 五二一頁)もある。

また、腫瘤が乳房内側に存在することについては、①乳腺を四分の一切除術などで広範囲に切除した場合、外側であれば周囲の残存乳腺を引っ張り縫合することも可能であるのに対し、内側の場合にはかかる縫合がし難く、手術後乳腺欠損部分の表面皮膚の陥没等の変形を後遺することが多いこと、②この場合は、手術創がリンパ節郭清の創との二か所になり、美容的に欠点となる可能性があることなどの理由から、これを適応外とする見解もある(乙一二 八頁)。

(3) 乳頭血性分泌を示す場合は、癌巣が乳管内に進展している可能性が高く、乳管内進展の癌遺残は局所再発の可能性が高いことから、これを適応外とする見解(乙八(平成元年四月) 四二四頁、乙一二 七頁)がある。

(4) 前記三〇の適応基準に照らせば、原告の症例で乳房温存療法の適応とする医療機関は霞班実施要項を含め八(26.7パーセント)、不適応とするのは二二(73.3パーセント)となり、関西地域の医療機関では大阪府立成人病センターのみが適応としていたにすぎない。

四  腋窩リンパ節の郭清について

甲四(昭和六一年一〇月)、甲九 文献1(平成元年一二月)、文献3(昭和六一年一一月)、文献4(平成元年一二月)、文献5(平成元年一二月)、文献7(昭和六二年五月)、甲一一(昭和六一年一月)、甲一二(平成二年一月)、乙四(平成二年一一月)、乙六(昭和六一年七月)、乙九(平成二年九月)によれば、次の事実が認められる。

腋窩リンパ節は、定型乳房切除術が全盛であった一九五〇年代から六〇年代ころまでは、癌の全身への転移を防ぐためには、その処理が極めて重要であるとの認識のもとに、全部の郭清が施行されていた(甲一二「特別講演」一三八頁(訳一頁))。

しかし、その後、海外において、定型乳房切除術(ハルステッド術)を実施した場合、乳房切断及び腋窩照射を実施した場合、乳房切断のみを実施した場合(腋窩郭清はリンパ節転移が明らかになるまで観察)との無作為臨床実験が実施され、その結果、右三者間に生存率及び遠隔転移率に有意差が認められなかったとする研究などから、従前の認識が否定され(甲九 文献3五一九頁)、リンパ節転移は予後を予測するものではあっても、予後を決定するものではないとの見解が取られるようになり(甲四 四八七頁、甲一一 四頁、甲一二「特別講演」)、郭清範囲は縮小される方向になった。もっとも、腋窩リンパ節の郭清は、リンパ節再発の防止や予後の予測に有用であったため、平成元年当時、非定型切除術はもちろん(乙六 三八五頁)、乳房温存療法を採用する場合においても、郭清範囲をレベル1(小胸筋の手前)又はレベル2(小胸筋の直下)として、原則として施行されていた(甲四 四八七頁、甲九 文献1 四七六頁、文献3五二〇頁、文献4 五〇一頁、文献5五二一〜五二五頁、甲一一 四頁、甲一二 一三五頁、乙四 五二頁、乙九五七〇頁)。

五  被告らの診療義務違反について

被告病院は、平成元年二月四日に原告が来院した際、原告との間で、原告の右乳頭から出る血性分泌物及び右乳輪内側に存在する腫瘤について、診断、治療等をすることを内容とする診療契約を締結したのであるが、被告病院は、本件診療契約に基づき、診療当時の臨床医学の実践における医療水準に基づき、医療機関として経験上必要とされる最善の注意を尽くして原告の診療に当たる義務を負担したものというべきである。また、被告乙野は、医師として、被告病院において、人の生命及び健康を管理すべき義務に従事する者であり、その業務の性質に照らし、右と同様の医療水準に基づき、医師として経験上必要とされる最善の注意を尽くして原告の診療に当たる注意義務を有していたというべきである。

1  診断方法の適否について(争点1)

(一) 前記治療経過等(第二、二)によれば、被告乙野は、原告に対し、問診、視・触診の他、乳房X線撮影(マンモグラフィー)、超音波検査(エコーグラフィー)、細胞診(乳房分泌物、穿刺吸引)を施行したものの、乳管造影検査及び永久標本による生検を実施しないで、迅速診断により最終診断をして本件手術を施行しているところ、原告は、被告乙野は、永久標本による生検及び乳管造影検査を実施すべきであったと主張するので、まずこの点につき検討する。

(二) 確かに、前記第三、一1(診断方法)によれば、原告の腫瘤の大きさ(0.7センチメートル×0.7センチメートル大)の場合に、被告乙野及び丙野医師が用いた視・触診、単純乳房撮影法、超音波検査の各診断方法の確診率はいずれも高いとはいえず、また細胞診及び迅速診断も確実なものであるとはいい難い。したがって、乳癌の診断としては、これらの診断方法に加えて永久標本による生検及び乳管造影検査を実施することが術前に確定診断を得るためには必要というべきである。

しかし、前記第三、一2(迅速診断による乳癌手術)で検討したとおり、本件手術当時においては、乳癌が多分に疑われる症例に対しては、外科的試験切除による癌細胞散布などの不利益を避け、患者への二度の手術負担等を避けるために、根治手術を前提として全身麻酔下に迅速診断を行う方法は一般的によく用いられる方法であったことが認められるのであって、これらの方法による診断の確実性と、永久標本による生検等による確定診断を待って再度手術を行うことによる患者の手術負担等の比較考慮により、迅速診断によって根治手術に移行するか否かが決せられているものと考えられ、本件手術当時の医療水準としては、悪性か否かが半々のような場合には、まず生検のみを行い、悪性であった場合にその一ないし二週間以内に根治手術を行う場合もあるが、悪性の疑いが強い場合には、迅速診断により判断した上で、根治手術に移行するという方法が一般的であったと認められ、逆に、乳癌の診断に一般的に永久標本による生検を行うことが平成元年当時の医療水準であるということはできない。

(三) これを本件についてみるに、前記治療経過等(第二、二)によれば、①原告には、触診により右乳頭傍に0.7センチメートル×0.7センチメートル大の硬結腫瘤を触知し、②右腫瘤を圧迫すると血性分泌が認められ、③右乳頭分泌物を、スライドグラス上に塗布・染色の上検鏡したところ、二回施行した検査結果は、クラス4(悪性の疑いが濃厚)又は3b(異形性の強い細胞集団)であり、④乳房X線撮影(マンモグラフィー)を施行した結果、右乳頭傍に一センチメートル余の腫瘤陰影とその中に乳癌の直接所見である右灰化像が認められたのであり、これらの検査結果を総合すると、原告の右乳房にある腫瘤については、悪性の疑いのある血性分泌と関連があると考えられ、乳癌が多分に疑われる症例であったと認められる。

加えて、結果的に迅速診断は、非浸潤癌を浸潤癌であるとしたなどの誤診はあったものの、非浸潤癌も悪性腫瘍として分類されており(前記第三、二1)、かつ、前述(第三、二2)のとおり、本件手術当時の医療水準において、非浸潤癌であると判明していたとしても本件手術方法(非定型乳房切除術)に代えて、経過観察あるいは乳房温存療法を実施すべきであったとも認められない。

以上を総合すると、前記各検査結果から原告の右乳房腫瘤が癌の疑いが高いと診断し、再度の手術に対する原告の負担や手術の遅れによる癌に対する処置の遅れ等の懸念から、迅速診断によることとした被告乙野の判断をもって、裁量権を逸脱した不合理な判断とまではいえず、したがって、この点につき被告乙野及び被告病院に診断方法の選択の過失を認めることはできない。

(四) 並木鑑定は、本件においては、迅速診断より精度の高い永久標本による組織診断が望ましいものであったとするが(鑑定書六3)、同鑑定は、原告の乳癌が非浸潤癌であったことから、永久標本による診断を待ち、その結果を踏まえて乳房温存療法の可能性について検討してもよかったとの見解を前提にしていると考えられるところ(同六2)、前記(第三、二2)のとおり、本件当時の医療水準においては、非浸潤乳管癌を浸潤癌と特に区別して認識し、それによって術法の選択をしていたとまでは認められないから、右の鑑定意見は、当時の医療水準との関係において採用できない。

また、近藤誠の鑑定意見書(甲七―七頁)は、本件に限らず乳房切除手術をするか否かを迅速診断で決定することは許されないとするが、前記第三、二2で示した各文献に照らし、この見解を本件手術当時の医療水準と解することはできない。

(五) また、近藤誠の鑑定意見書(甲七―五頁)は、本件においては、乳管造影検査を行うべきであったとするが、他方、乳頭異常分泌を主訴とする全患者に対し乳管造影を行うことが理想であるとしつつも、実際には様々な困難を伴うことから、乳管造影検査は本当に必要な症例を選択して実施する、すなわち、無腫瘤性血性分泌の場合に、その原因となる腫瘤の存在や部位を調べるために実施するとする立場があることが認められる(甲九―文献8(平成二年一二月)―五九三頁)が、この立場によれば原告の右乳房には腫瘤が存在するのであるから、その前提を欠くといえ、また、前記の聖マリアンナ医科大学第一外科の症例(乙五)についても、乳管造影検査は行われていないことからすれば、右鑑定意見書の記載をもって被告乙野が乳管造影検査を施行しなかったことをもって、被告乙野の注意義務違反あるいは被告病院の診療義務違反にあたると即断することはできない。

2  前記第三、一2(二)(本件における迅速診断の結果)のとおり、原告の病名は、非浸潤性乳管癌であり、被告病院の病理医が、迅速診断において、浸潤癌のうちの充実腺管癌であると診断したことは、誤診であったと認められる。

そして、原告は、原告の癌は非浸潤癌であったのであるから、経過観察で十分であった、仮に治療が必要であっても、乳房温存療法によるべきであったのに、右誤診の結果、被告乙野が本件手術を施行し、原告に対し右乳房喪失による損害を被らせたと主張するので、この点について順次検討する。

(二) 経過観察にすべき義務の有無

原告は、非浸潤癌の場合は、七五ないし八〇パーセントは無治療であっても一生涯無症状であるなどとして、経過観察にすべきであったと主張するところ、甲一六(平成八年八月発行の文芸春秋「近藤誠がん理論を検証する」と題する東京共済病院外科の医師の執筆記事)には、「非浸潤性乳管がんの七五―八〇パーセントは無治療でも、患者さんは一生涯無症状だといわれています。」との記載がある。

しかし、右記事は医学雑誌等の専門誌の論文ではない上、被告乙野が、経過観察にしなかったことが診療義務違反に該当するか否かは、前記のとおり診療当時(平成元年当時)の医療水準に照らして相当か否かにより決せられるところ、甲一六の発行は平成八年八月であることから、これに右記載があることをもって、直ちに、非浸潤癌についての右知見が平成元年当時の医療水準であったとは言い難い。

また、近藤誠の意見書(甲七―二頁)及び同補充書(甲八―一頁)には、非浸潤癌は転移しない、これは平成元年よりずっと以前に確定していた普遍的な考え方であるとの記載が存在する。

しかし、近藤誠が鑑定意見の資料として挙げたこの点に関する文献は、前記「ニューイングランド医学ジャーナル」(一九八八(昭和六三)年四月)等であり、右文献には、非浸潤癌の患者に腋窩部切開を行うか否かの議論の中で乳管内癌(DCIS)の腋窩リンパ節への転移の可能性が低いことが指摘されているにすぎず、そもそも非浸潤癌に経過観察で対処すべきとの議論はされていない上、前記第三、二1(二)のとおり、右文献には非浸潤癌に関する数少ない研究として、浸潤癌に進行した症例の研究が掲載されているところである。

そして、従来、非浸潤癌の患者に対し、ほとんどの場合において乳房切除術が行われていたために、非浸潤癌の病変の経緯を調べる機会が少なく、日本において平成五年三月の時点でも、非浸潤癌の機序については解明がされていなかったことも先に検討したとおりである。

そうすると、右の各資料は、非浸潤癌の七五ないし八〇パーセントが無治療でも一生無症状であるとか、非浸潤癌については経過観察すべきであるという知見が、平成元年当時の医療水準であったことを示すものとは言い難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

さらに証人並木は、本件手術前の検査等からの情報には、手術を特に急がないと患者の生命・健康を著しく損なうという情報はないと証言している(二七丁表裏)。なるほど、原告に対しても、本件手術当時に直ちにその手術を施行しなければ、原告の生命・健康が著しく損なわれたと認めるに足りる証拠はない。しかし、当時の医療水準に照らせば、非浸潤癌に対しても(乳房温存療法か非定型切除術かはともかく)根治手術を行うことが一般的であったと認められる(前記第三、二)から、被告らに経過観察を行うべき義務があったと認定することはできない。

(三) 乳房温存療法を実施しなかったことの適否

(1) 次に、被告らにおいて、原告に対し乳房温存療法を実施すべき義務があったかについて検討するに、前記第三、三2(二)のとおり、平成元年には、わが国においても、乳房温存療法の可否やその適応基準等について議論がされ、一部の医療機関における乳房温存療法の施行例が乳癌研究会等において報告されているが、乳癌の治療法としては新規のものであったと認められる。

そして、ある疾病について新規の治療法が開発された場合において、そのような新規の治療法の存在を前提にして検査・診断・治療等に当たることが診療契約に基づき要求される医療水準とされるためには、その治療法の有効性とともに安全性が確認されるに至っていることが前提であり、そのうえで当該の医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められる場合でなければならない(最高裁平成七年六月九日判決・民集四九巻六号一四九九頁参照)。

(2)  これを本件についてみるに、前記第三、三2(二)及び(三)によれば、本件手術が施行されたのは平成元年三月七日であり、その前年の昭和六三年における全国での乳房温存療法の施行割合は3.2パーセントに過ぎず、平成元年には約6.5パーセントになっているとはいうものの、同年三月当時に発表されていたのは、二月研究会でのわずかな実施例に過ぎない。そして、二月研究会段階においては、乳房温存療法を採用する上で問題とされていた生存率への影響及び残存乳房への放射線療法の効果について、実施状況を報告した医療機関においても、経過観察期間は短く、確定的な評価が下せる段階には至っていなかったのであり、中西部地域での調査結果によれば、平成元年一一月時点でも、乳房温存療法を実施していない医療機関が四分の三を越えており、未実施の医療機関の約六〇パーセントが施行する考えがないか利点が明らかになるまで実施を保留するとしている状況にあった。

(3)  右のような状況から判断すると、平成元年三月当時においては、一部の医療機関で乳房温存療法の施行が試みられてはいたものの、未だその有効性・安全性については十分に確認されるに至っておらず、研究途上にあったというべきであり、乳房温存療法は、被告病院を含む一般の医療機関において、診療契約に基づき要求される医療水準にまで至っていたと認めることは困難である。

(4)  仮に、被告病院において、原告の乳癌手術に関し、乳房温存療法を検討すべきであったとしても、先に検討したとおり、平成元年当時の三〇医療機関等の乳房温存療法の適応基準からすれば、原告の腫瘤の大きさはすべての適応基準に合致し、腋窩リンパ節に触れなかった点も大多数の基準を満たしているが、腫瘤の位置は三分の一で適合せず、乳頭中心から腫瘤辺縁までの距離は約三分の二の基準に適合しないのであって、結局、約四分の三の適応基準に合致しないから、被告らが原告の乳癌に対し、乳房温存療法の適応を考えなかったとしても、その点に過誤があるとはいいがたい。

(5)  以上の次第であるから、いずれの点からみても、被告らにおいて、原告に対し、乳房温存療法を実施すべき義務があったとはいえない。

なお、ある新規の治療方法についての知見が、当該医療機関にとっての医療水準と認められる場合には、当該医療機関の予算上の制約等により当該医療機関がその実施のための技術・設備等を有しないときは、これを有する他の医療機関に患者を転医させるなどの措置をとるべき義務があるというべきであるが、前記のとおり乳房温存療法を実施すべき知見が、被告病院にとっての医療水準であるとは認められないから、被告らが原告を他の医療機関に転医させるべき義務があったとも認められない。

(四)  本件手術法を選択・施行したことの適否

以上に述べたところによれば、迅速診断において原告の病名を浸潤癌と誤診した被告病院の病理医の行為に過失があったと捉え、迅速診断において非浸潤癌であると診断されていたと仮定しても、被告らが、その時点で手術を中止して経過観察にし、あるいは本件手術(非定型性乳房切除術)に代えて乳房温存療法を実施すべきであったとは認められないから、原告の乳癌(非浸潤癌)に対して本件手術が適応を有したと認められる限り、本件手術を選択・施行した行為に過誤は認められず、右病理医の過失は、結果(本件手術による乳房喪失)との間に相当因果関係がないということとなる。

そして、前記第二、二3(一)のとおり、原告の乳癌は、腫瘤の大きさが2.0センチメートル以下なのでT1、リンパ節は触れないのでN0、遠隔転移がないのでM0と評価され、病期はステージ1であると診断されているところ、その診断自体は適切なものであったと認められ(乙二 三三頁、証人丙野七回一七丁裏)、乙六(三八〇頁)によれば、右症状及び病期の乳癌に対しては、本件手術の術式である非定型乳房切除術(オーチンクロス法)が適応であることが認められる。また、前記第三、四によれば、平成元年当時、非定型乳房切除術においては、郭清範囲をレベル1又は2(小胸筋の手前又は直下)として施行するのが医療水準であることが認められるが、本件手術において、非定型乳房切除術で必要とされる以上の腋窩リンパ節が郭清されたと認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件手術を選択・施行した行為につき過失を認めることはできない。

六  被告らの説明義務違反(争点3)について

1  被告乙野らの原告に対する説明内容

証拠(甲六、乙二、証人丙野の証言、原告及び被告乙野の各供述)によれば、次の事実が認められる。

(一) 平成元年三月四日、丙野医師は、原告に対し、細胞診の結果からすると手術をした方がよいと説明したところ、原告から、他の病院で腫瘤の大きさが二センチメートル以下であれば、乳房を部分切除する方法があると聞いているが、自分の場合はどうなのかとの質問を受けた。そこで、丙野医師は、被告乙野と相談し、原告の場合は乳頭に近いところに腫瘤があるので、部分切除の適応外であることを確認した上、原告に対しては、手術方法としては乳房を切除しなければならないと説明した(甲六―二〇頁、乙二―四八頁、丙野八回一五丁表、乙野一一回一三丁裏)。

同月六日には、原告の夫の来院を求め、被告乙野及び丙野医師が、原告及びその夫に対し、次のように説明して、手術の方法としては乳房切除術を施行することを勧めた。

すなわち、「右乳房の腫瘤は悪性が疑わしく、乳頭分泌でも悪い細胞が出ているが、その分泌物が疑わしいところ(=腫瘤)から出ているのかがはっきり分かっていない。そのため、手術前にその疑わしいところを取って細胞を調べ、悪性であれば乳房切除術を施行する。悪性でなかった場合には、外来で経過観察も考えられるが、その場合でも、クラス4という悪性の疑いの強い細胞が出ているので、将来悪くなる可能性が十分にある。また、現在、悪性の疑いが強いと思われる場所と別の場所に、悪い病変が潜んでいる可能性もある。外来で経過観察するのではなく、分泌で非常に疑わしい細胞が出ていることから乳房切除術を施行する。この場合は、美容的には良くないが、将来悪くなることがないという点で安全である。」というものである(乙二―四九頁、丙野七回二一丁裏、同一二回一七丁表、乙野一一回一五丁表、同一二回一八丁表、同一三回九丁裏)。

(二) 以上によれば、被告乙野及び丙野医師による説明は、要するに、原告に対して施行した各検査結果からすると、右乳房に存する腫瘤は悪性の疑いがあるので、手術前に迅速診断で検査をし、悪性であれば乳房を切除するが、悪性でない場合でも、経過観察のみとすると将来癌巣が広がる可能性があるので、乳房を切除した方がよいということに止まり、乳房温存療法については、単に原告の腫瘤位置からすると適応外であることを指摘したのみで、乳房温存療法の意義、当時の普及状況、適応基準等についての説明はしていない。

(三) 右認定に対し、原告は、被告乙野らは、原告及び夫に対し、①乳頭分泌の検査により、癌の疑いが高いという結果が出ていることを根拠に、放置しておくと将来癌になる可能性があるので、早急に乳房を切除しなければ命の保証がない旨断言して、手術としては乳房切除術以外にあり得ないかのように説明した、②本件手術前に迅速診断を行うことの説明はなかった、③乳房温存療法についての原告の質問に対しても、原告の症状が適応外であるばかりでなく、最初に四分の一を切除して、切除部分に悪性の反応が出なければさらに四分の一を切除することになり、手術の負担が大きいなどという虚偽の説明をした、④さらに、乳房を切除するかどうかの決定権は患者にはないと説明したと主張し、原告本人尋問及び甲六(原告の陳述書)においても同様の供述をしている。

しかし、①前記治療経過等(第二、二)によれば、原告は、入院後自らの病名及び治療について神経質になっており、また手術に対する不安が大きい様子であったところ、丙野医師及び被告乙野もこのような原告の状態を認識していたので、原告に与える精神的打撃を極力抑えて治療がスムーズに行えるよう、原告らへの説明に際しても、「癌」という病名を使用しないよう配慮していたことが認められることからすれば、原告が主張する「手術をしなければ命の保証がない」という説明をすることは、被告乙野らの配慮とは相容れず、かえって原告の不安を煽るものであるから、そのような説明を被告らがしたとは認められない。

また、②迅速診断を行う旨の説明の有無については、原告は従前から自己の病名及び今後の治療について不安を持っていたところ、原告も認めるように、六日に被告乙野らから乳房切除術を勧められて、精神的打撃を受け動揺していた(甲六、二五頁、原告二丁表、四丁表)のであるから、手術の前提として迅速診断を行う旨の説明を受けたとしても、現在まで記憶に残っている可能性は低いと考えられること、他方、被告乙野らからすれば、当時根治手術を前提として頻繁に行われていた迅速診断について、特にその実施を秘匿すべき理由は認められないので、前記認定のとおり説明はあったというべきである。

また、③乳房温存療法によると、最初に四分の一を切除して、悪性の反応が出なければさらに四分の一を切除するとの説明、及び④乳房を切除するかどうかの決定権が患者にないとの説明は、いずれも明らかに誤った説明であること、被告乙野は平成元年二月に開催された乳癌研究会にも出席し、乳房温存療法に関する他の医療機関の施行状況等を知悉していたことなどからすれば、被告乙野らがかかる説明をしたとは認め難い。

2  説明義務違反の有無

(一) 以上認定した事実に基づき、被告乙野に説明義務違反があったか否かについて検討するに、一般に、手術は、患者の身体に対して侵襲を加える行為であるから、患者ないしその家族の承諾がなければ違法性を帯びることはいうまでもない。そして、一般に、その承諾を得るためには、医師は、当該患者ないしその家族に対し、当該手術の目的、方法又は内容を説明する義務があり、医師がこの説明をしないため、患者がこれらを了解しないままにした承諾に基づく手術は、有効な承諾を経ないものというべきである。

本件についてこれをみるに、被告乙野らが原告及びその夫にした説明は前記のとおりであって、原告の右乳房の腫瘤は悪性の疑いがあり、迅速診断で確認の上、乳房切除術を施行することは説明されていることから、基本的な本件手術の目的、内容又は方法の説明はされたといえ、これを理解した上で、原告及びその夫は本件手術を承諾し、かつ、実際に施行された本件手術も右説明及び承諾の範囲内のものであることが認められる。そうすると、本件手術について、被告乙野らは、基本的な事項について説明をした上で原告の承諾を得たのであるから、その限りで本件手術の施行自体が違法であるとはいえない。

(二) しかしながら、本件手術は、乳房切除術であり、乳房が女性の象徴ともいうべきもので、美容上も重大な意味を持つことなどを考慮すると、当該手術により、乳房を喪失することは、患者に乳房を喪失するという身体的障害を来すのみならず、その外観上の変貌による精神・心理面への著しい影響を及ぼすものである。したがって、治療にあたる医師は、生存率の向上に併せて、患者の精神的側面や家庭生活における質の向上にも配慮して、患者が十分に納得した上で当該治療方法を選択することを自己決定する機会を失わせることがないように説明すべき義務を負っているものと解するのが相当である。

このような乳癌手術における特質及びこれに関する患者の自己決定権を実質的に保証するという観点からは、「治療方法」の説明については、当該医療機関において医療水準とは認められない治療法であっても、他の医療機関において相当程度実施されている治療法については、なお説明の対象となるというべきである。そうすれば、この説明を受けた患者としては、他の治療方法と比較した上、本件手術を十分納得した上で選択することを決定し、場合によっては、別の医療機関でさらに検査、診察を受けて手術の適応について慎重に診断してもらい、あるいは同じ手術を受けるにしても転医して他の医師によることを選択する機会を得ることにもなる。

(三)  これを本件についてみると、前記のとおり、乳癌に対し乳房温存療法を実施するとの知見は、本件手術当時においては、未だ有効性・安全性の確認されたものとまではいえないものであるが、前記第三、三2によれば、①昭和六三年においても、全国で施行された乳癌手術の3.5パーセントは乳房温存療法を適用していること、②平成元年三月当時、全国的には約三〇の医療機関で乳房温存療法の施行がなされていたこと、③被告病院が所在する関西地域においても、乳房温存療法を実施している施設が五施設存在し、平成元年一一月末までに、その内の一施設は一一〇例の実施例を、その他の三施設は一四ないし三六の実施例を有していたことからすれば、本件手術当時においても、乳房温存療法がある程度普及していたというべきである。

また、前記治療経過等(第二、二)によれば、原告は、自宅近くの医院で診察を受け、その腫瘤の大きさからすれば乳房を温存する方法もあるとの説明を受けたため、可能な限り乳房を温存したいと希望していたのであり、被告乙野も、原告が乳房温存療法の存在を知り、右希望を有していたことを知悉していたことが認められる。

以上を総合すると、原告が、乳房温存療法と乳房切除術を比較検討の上、十分に納得した上で乳房切除術を受けるか否かを決定するなどの患者の自己決定権の実質的保証の観点から、乳房温存療法の意義、普及状況、適応基準等に関する事項は、被告乙野らの原告に対する説明義務の対象となるというべきである。

なお、被告乙野の供述によれば、被告乙野は、平成元年二月一七日開催の乳癌研究会に出席していたことが認められ、被告乙野は、平成元年三月当時、乳房温存療法についてその適否及び適応等が議論され、一部の医療機関においては施行されていることを知悉していたのであるから、右説明義務を課したとしても、被告乙野にとって酷とはいえない。

(四)  しかして、原告において、右のような説明があれば、本件手術を承諾しなかったと認められる場合は、当該手術の承諾は無効となり、手術自体が違法になるものというべきであるから、この点について検討する。

前記認定のとおり、原告は、自宅近くの医院において診察を受け、乳房を温存することを希望していたこと、関西地域においては京都大学附属病院の他四施設が、平成元年三月当時、乳房温存療法を実施していたこと等を併せ考えると、被告乙野らが本件手術を勧める際に、他に乳房温存療法があることを説明していたならば、原告が本件手術を受けることを承諾しなかった可能性を全く否定することはできない。

しかしながら、①前記第三、三2によれば、平成元年当時、乳房温存療法を実施している医療機関はあったものの、乳房温存療法の占める割合は昭和六三年で3.5パーセント、平成元年でも約6.5パーセントに過ぎず、なお非定型乳房切除術が標準術式であったこと、②別表によれば、三〇施設等の乳房温存療法の適応基準のうち、原告のように腫瘤が乳頭内側二センチメートルの場所に存在し、血性分泌物を示し、非浸潤癌である症例を、乳房温存療法の非適応とする施設は四分の一強にすぎないこと、③前記第三、二によれば、非浸潤癌は放射線照射に対する感受性が低いとする見解もあり、乳房温存療法を施行するとすれば、乳房に癌が遺残するおそれを否定できず、再発例の報告もあったこと、④前記治療経過等(第二、二)によれば、原告を診察した自宅近くの医師は、触診しかしておらず、単に腫瘤の大きさから乳房温存療法の可能性を示唆しているに過ぎないこと、⑤原告は、右医師の意見を聞いて乳房を温存することを希望しているが、甲六によれば、右希望はあくまで腫瘤が悪性でないことを前提としているといえることがそれぞれ認められる。

これらの各事実を総合すると、被告乙野らが、二月研究会で発表されたデータ等に基づき乳房温存療法の意義、普及状況、適応基準を説明した上で、原告の症状については適応としない施設が多いこと、被告乙野としては、腫瘤位置及び放射線治療に対する感受性等を考えると非適応と考えていることなどを説明した場合、原告は本件手術を受けることを承諾した可能性は十分あり得るところであり、原告が右のような説明を受けていたら本件手術を承諾しなかったとまでは認められない。

そうすると、被告乙野らに説明義務違反はあるが、本件手術が有効な承諾を欠いていたとまでは認められず、したがって、本件手術自体を違法と断定することはできない。

(五)  しかし、被告乙野は、原告に対し、乳房温存療法の説明として、単に原告の腫瘤位置からすると適応外であることを指摘したのみであり、原告が、乳房温存療法と乳房切除術を比較検討の上、十分に納得した上で乳房切除術を受けるか否かを決定するために必要な乳房温存療法の意義、普及状況、適応基準等に関する事項を何ら説明せず、原告の自己決定権を侵害したというべきであり、右説明義務は、診療契約に基づく被告病院の契約上の義務にとどまらず、本件のような乳癌手術を行う医師の一般不法行為上の注意義務に基づくものと解するのが相当であることころ、その義務違反は不法行為上の過失を構成する。したがって、被告乙野は、この過失により不法行為責任を、また被告病院は、診療契約上の債務不履行責任又は被告乙野の使用者としての不法行為責任をそれぞれ免れず、前記説明義務違反によって原告が被った精神的損害に対する損害(慰謝料)を賠償する義務がある。

七  原告の損害について(争点4)

1  慰謝料

前記認定のとおり、本件手術当時原告の症状を乳房温存療法の適応とする施設もあったのであるから、原告は、乳房温存療法の適応基準等について説明を受けた上、同法と本件手術を比較して十分に納得した上で、本件手術を受けることを自己決定し、あるいは乳房温存療法の適応についてさらに他の医療機関で慎重に検討するなどの選択をする余地を有していたにもかかわらず、被告乙野らが説明義務に違反し、必要な説明を尽くさなかったために不当に右機会を奪われたものというべきであり、これにより原告が被った精神的苦痛を慰謝するには一五〇万円をもって相当と認める。

2  弁護士費用

本件事案の内容、請求額、認容額その他諸般の事情を考慮すると、被告乙野の説明義務違反と相当因果関係のある損害として被告に賠償を請求することができる弁護士費用の額は、一五万円と認めるのが相当である。

八  結語

以上のとおり、原告の請求は、被告らに対し、各自一六五万円及びこれに対する被告国については訴状送達の日の翌日である平成四年三月二〇日から、被告乙野については訴状送達の日の翌日である同月一九日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井垣敏生 裁判官松本利幸 裁判官本田敦子は、填補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官井垣敏生)

別表

・乳房温存療法の適応基準

(凡例)

1 「証拠及び文献名」欄の( )内の数字は、当該文献の発行年月を示す。本件手術が施行された平成元年3月以降に発行された文献については、

点線で下線

をした。

2 日本国内における医療機関の適応基準を対象とした。

3 本件手術が施行された平成元年3月当時、まだ乳房温存療法を開始していないか又は開始していたか不明である施股には、

下線

をした。

4 原告の症状のうち、適応外とされる条件には、網掛けをした。

5 乳房の位置は、乳頭中心から上下左右に四分割し、内側上部を「A」、内側下部を「B」、外側上部を「C」、外側下部を「D」、乳輪部分を「E」とする。

6 「T」は、腫瘤を意味し、「T0」は腫瘤を認めない、「T1」は腫瘤の大きさが2cm以下のものを示す。

7 「N」は、リンパ節を意味し、「N0」はリンパ節を触知しないもの、「N1a」はリンパ節を触知するものの、転移はないと思われるものを示す。

8 「M」は、遠隔転移を意味し、「M0」は遠隔転移のないものを意味する。

施設名

適応基準

証拠及び文献名

東京慈恵会医科大学第一外科学教室

慶慮義塾大学医学部放射線科学教室

① 腫瘤の大きさ4cm以下

② 腋窩リンパ節は触れないか、触れても可動性のあるもの

(例外)乳腺の大部分を失う結果になる場合、乳輪直下の大きな腫瘤、明らかな多発癌。

甲4(昭61.10「乳癌の臨床」※慶応大学につては甲11(昭61「癌の臨床」)照

癌研究所外科

① 外上の癌で上下、内外境のもの

② 直径2cm以下の癌

③ 乳頭中央から癌辺縁までの距離が5cm以上

④ N0、N1a(ステージ1)

⑤ 乳管内進展が疑われる症例は適応としない。特に非浸潤癌は慎重に適応を考慮

⑥ 硬結が複数ある場合は適応外

甲5、乙8

いずれも「臨床射線」(平1.4甲12(平2.1)

※平成1年2月17開催の乳癌研会報告。

徳州会茅ヶ崎病院外科

患者が美容的に満足いけば、腫癒の大きさは問わない。

甲12(平2.1)

※平成1年2月17開催の乳癌研会報告。

乳腺クリニック児玉外科

① 腫瘤径が2cm以下で皮膚固定所見がない(T1)

② 乳頭から腫瘤縁が3cm以上

③ 乳房が比較的大きい

東京女子医科大学付属第二病院外科

① 外側半にある腫瘤

② 腋窩リンパ節転移がN0、N1a

③ 術前検査でT1、N0、M0

④ 組織学的に浸潤通常型

金沢大学

① 患者の希望

② 非浸潤癌、外側半のT1、N0、N1a

③ 単発性

④ 切除断端が陰性である

乙9(平2.9)

「乳癌の臨床」

※平1.11末日現のアンケート果報告

大阪府立成人病センター

① T1、N0、M0及びTis(非浸潤癌)

② 単発性

京都大学

① T1

② 腫瘤―乳頭間距離3cm以上

③ 乳房が比較的大きく、高齢者でない

④ 患者の希望

国立名古屋病院

① 乳切拒否例

② 未婚女性

福井医科大学

T1、N0、M0

福井赤十字病院

平均的基準

愛知県がんセンター

① T1、N0、N1a

② 「C」が最も良い Eは除外

③ 乳頭外縁一腫瘤外縁3cm以上

④ 多中心発生、血性乳頭分泌、分泌細胞診陽性、非浸潤癌は除外

大阪大学

① 患者の希望

② 「C」領域

③ T1、N0、M0

④ Safety marginが2cm程度取れる例

神声市立中央市民病院

① T0、T1、N0、N1a、M0

② 「CD」領域

③ 乳頭一腫瘤外縁3cm以上

三井記念病院外科

(昭和58年当時)

① 腫瘤径2cm以下

② 乳頭―腫瘤間5cm以上

③ 外側に腫瘤がある

④ N0、N1a

⑤ 多発腫瘤及び非浸潤癌は除外

(平成元年当時)

① 腫瘤径2cm以下

② 乳頭―腫瘤間3cm以上

③ 内・外側に腫瘤がある

甲9文献4及び「乳癌の臨床」(平1.12)

④ N0、N1a

⑤ 多発腫瘤は除外

⑥ 非浸潤癌は限局していれば可

川崎医科大学内分泌外科学教室

① 腫瘤径2cm以下

② 腋窩リンパ節を触知しない(N0)

③ 乳頭―腫瘤間4cm以上のものは、乳頭保存の乳腺部分切除術をし、4cm未満のものは乳頭を含む乳腺部分切除術をし、欠損部に筋皮弁を充填して、一期的乳房再建術を実施

乳がんの乳房温存療法の検討班が平1.10 13にまとめた実施要綱

① ステージ1(T1、N1a以下)Tis(非浸潤癌)も含む。

② 娘核、広範な石灰化のある症例は除く

③ 生検によって、著明な1yが認められる症例は除く

④ 占拠部位は問わない

甲9文献1

(平1.12)

「乳癌の臨床」

和歌山県立医科大学胸部外科

紀北分院外科

① T1a、N1a以下

② 腫瘍―乳輪間が2cm以上

③ 乳頭、乳輪に異常所見を認めない

甲13(平2.4)

※平成1.7.21開の乳癌研究会報告

高知市立市民病院外科

伊藤外科

① ステージ1

② 乳頭―腫瘤間が5cm以上

山形県立中央病院外科

① 腫瘤の大きさ2cm以下(非浸潤癌は大きさ問わない)

② 乳輪縁―腫瘤間5cm以上

③ 乳頭・乳輪部に病変がない

④ 腋窩リンパ節を触れない

⑤ 患者の希望

東京都立大塚病院外科

東京都がん検診センター

① TIS(非浸潤癌)

② 腫瘤径1cm以下

横浜市立大学第二外科

① 乳頭―腫瘤間3cm以上

② T1、N0、M0

国立大阪病院外科

① ステージ1で限局型の腫瘤

② 腫瘤―乳頭間5cm以上

北海道大学第一外科

① T1以下

② 腫瘤―乳輪間3cm以上

③ 腫瘤が外側に存在

④ 腋窩に転移を疑わせるリンパ節がない

⑤ 多発腫瘤、乳頭よりの血性分泌広範な微細石灰化がない

⑥ 患者の希望

栃木県立がんセンター

① T1a、N0

② 画像上単発性のもの

③ 乳頭―腫瘤5cm以上

但し、乳頭切除するならばそれ以下も可

東京慈恵会医科大学第三病院外科

① 腫瘤2cm以下

② No、 N1a

③ 腫瘤―乳頭間4cm以上

④ 多発腫瘤、広範な微細石灰化像のないもの

産業以下大学第二外科

① T2a、N1a、M0以下

T≦3cm

② 乳頭の陥凹、乳頭分泌がない

③ 腫瘤―乳輪外縁3cm以上

④ MMGで腫瘤から乳輪下に続く異常陰影がない

⑤ 永久標本で切除乳輪下組織に癌細胞を認めない

東京警察病院外科

① T1、N0、N1a

② 乳頭―腫瘤間5cm以上

鹿児島大学第一外科

① CまたはC'の領域

② T≦1cm、N0

③ 乳頭―腫瘤5cm以上

群馬県立がんセンター

乳頭から4cm離れた1.5cm以下の外側腫瘤

又は非浸潤癌

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